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Motorsports Archive Vol.31
 1955年。ル・マン24時間レースにおいてシルバーに彩られたメルセデスがクラッシュをする。メインストレートで起こったこのクラッシュにより、86人が死亡し約200人が重軽傷を負うというモータースポーツの歴史上最悪の事故であった。この事故後もレースは続行されるが、メルセデスは全マシンをピットに呼び戻しそのままリタイアする。それから何年もの間、メルセデスはモータースポーツに関わることはなかった。

 メルセデスが再びモータースポーツ界に戻ってきたのはその事故から30年が経った85年だった。のちにF1にも参戦するチームザウバーの作製するグループCマシンにエンジンを供給し、世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)に参戦したのだ。そして88年。メルセデスが正式にモータースポーツ界に戻ることを宣言した。チーム名は「チームザウバー・メルセデス」。

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 このザウバー・メルセデスC9は独特のエキゾーストノートを響かせ、サーキットを疾走した。しかしこの年のル・マンでは予選中にアクシデントが起こり、決勝レースに出走することはなかった。この88年はジャガーとの激しい戦いの末、WSPCではシリーズ2位を獲得している。
 そして89年。メルセデスはシルバーの車体で登場した。伝統の“シルバーアロー”の復活である。

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 WSPC開幕戦では1-2フィニッシュを飾る。そしてル・マンでは37年ぶりの優勝。WSPC全8戦中7勝を上げチャンピオンとなった。

 事故を経ての再開決定。そしてF1王者となるメルセデスの第一歩であった。
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