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馬入その2
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ここの手すりをね、スケートでこうガーッと(大怪我確実)。

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おすまし
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ヒザの上でな! ウハハハハ!
Motorsports Archive Vol.25
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ニッサンR91CP & ニッサンR90CK

 前を走るマシンがR91CP、後ろを走るフロムエーカラーのマシンがR90CK。

 ニッサンR91CPはR90CPと似て非なるものである。R90CPではローラカーズが作製したシャシーを流用していたニッサンだが、このR91CPではすべてを社内で作製した。全日本スポーツプロトタイプカー選手権(JSPC)では91年星野一義の手によってチャンピオンを獲得。そして翌92年、デイトナ24時間レースに参戦する。このデイトナでは長谷見昌弘/星野一義/鈴木利男のドライブで総合優勝を飾った。純国産マシンで日本人ドライバーが優勝したこのときの走行距離は未だに破られていない。
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馬入
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天気がよければ富士山も見えます。いい公園だよねぇ。

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でぇぇぇぇい!
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Motorsports Archive Vol.24
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マツダMX-R01

 91年にマツダ787Bがル・マン24時間レースで優勝を飾った。91年には実質グループCカーというカテゴリーはなく、世界スポーツカー選手権(SWC)内のカテゴリー2という扱いだった。その最後のチャンスをものにしたマツダではあったが、ル・マン24時間レース優勝という偉業を達成したが故に、やすやすと撤退することはできなかった。
 92年のル・マンに参戦すべく、マツダはトム・ウォーキンショウ・レーシング(TWR)と共同で3.5リッターNAエンジン搭載のSWCカテゴリー1マシンを作製した。それがこのMX-R01だ。

 シャシーはジャガーXJR-14、エンジンは当時F1ではおなじみだったジャッドGVをベースにマツダが手を加えたかたちだ。
 ル・マン24時間レースに参戦するためにはSWCへの参戦が義務付けられていたために、マツダもこのマシンでSWCに参戦。ル・マン24時間では4位と入るものの、この年は過去最低である28台のエントリーに留まっていた。
 同時に全日本スポーツプロトタイプカー選手権(JSPC)にも参戦してたが、カテゴリー1クラスはトヨタTS010とこのマシンのみであった。

 この年を最後にマツダはモータースポーツ活動を休止する。日本のメーカーとしてはもっとも古くからル・マン24時間に参戦し、異彩を放つロータリーエンジンで栄光を掴んだ。最後の年は借り物のような状態で望まざるを得なかったことが非常に残念だった。
タイガーショットォォ!
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大きくして見るよろし。
のっぽん
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飛びかかるぞ!
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ぬぬぬ……


小さくてモフモフ!
Motorsports Archive Vol.23
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トヨタ91C-V

 全日本スポーツプロトタイプカー選手権(JSPC)に参戦したトヨタのグループCカー。前年型90C-Vからの大きな変更点はラジエターの搭載位置。90C-Vではサイドの位置していたものをフロントに変更。大きな変更とあって、デビュー戦はJSPC第2戦であった。
 ビジュアルで大きく変わったのはヘッドライト。4灯式から一つ目に変わっている。

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 この91年はカテゴリー的に大きな分岐点となっていた。世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)の名称はスポーツカー世界選手権(SWC)に変わり、当時のF1と同じ3.5リッターNAエンジンを搭載するカテゴリー1がメインとなる。それまでのグループCカーは重量ハンデを付けることにより参加が可能で、これらをカテゴリー2と呼ぶこととなった。そしてSWCは全戦参加が義務付けられ、ル・マン24時間レースもこのSWCに組み込まれることになった。

 トヨタをはじめニッサンやポルシェ962Cを走らせるプライベーターは、重量ハンデを嫌いSWCとル・マンへの参戦を断念せざるを得なくなってしまった。
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